尊敬してやまないブライアン・デ・パルマ監督の久しぶりの新作がやって来た。前作の『ミッショントゥマーズ』は彼らしい映像が観られなかったので本来の意味で『スネーク・アイズ』以来のサスペンス映画と思った。更に、音楽をやはり『スネーク・アイズ』以来の坂本龍一が担当するとあって、これは真っ先に観ないといけないと半ば焦り気味でシネコンに行って来た。この時期のシネコンはお盆は過ぎたものの、まだまだ夏休みモード全開で、『マトリックスリローデッド』や『ハルク』『T3』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『踊る大走査線2』などなど、夏休み映画がひしめく中で、ひっそりと始まった感がある。まあ、左のチラシから一目瞭然で全体からかもし出す限りなくアダルトな映画である。他の派手なエンターテイメント映画とは雰囲気も違って見えよう。実際にチケットを購入して劇場に入ったら、観客が少なかった。これはちょっと残念。本当に物好きしか観に来ていないのかな?と不安もあった。
さて映画なのだが、まず結論から言うと『面白い!!』の一言につきる。坂本龍一の音楽も「ボレロ」調という新しいジャンルの音楽を提供しながらも、映画とほど良くマッチしていて◎。肝心のデ・パルマ節はどうかと言うと…これも、かつての『ファントム・オブ・パラダイス』や『ミッドナイト・クロス』『殺しのドレス』など傑作を生み出した頃の原点に戻っ小作品ながらひねりがあり、彼独特のカット割りと撮影方法がてんこ盛りだったのだ。

やはり、デ・パルマと言えば最良のB級作品を作る監督なので(これは賛辞である。念のため)、へたに大金をかけた作品は彼のテイストにハマらない場合が多い。例えば、『ミッション・インポッシブル』決して嫌いな作品ではないが、彼が得意とする俯瞰(天井から見下ろすカット)や2画面構成などが嫌みに見えてしまう。そう言う意味ではブライアン・デ・パルマ監督は普通に映画が撮れない人なのだ。初期の作品から、ヒッチコックの手法を真似たりする事で有名になったが、新しいカメラ(ステディカムと言う商標が付いている)の登場で、ヒッチコックの時代には不可能だった超長廻しショット(古くは『虚栄のかがり火』のオープニングから始まり、『スネーク・アイズ』の驚異的長廻しショット)や主観カメラ(カメラ自体が主人公の目の代わりになって、他の人物がカメラ目線で会話をしたりする。面白いのは正面に鏡があっても決してカメラが映る事は無く、カメラのある場所に立つ本人が映っていたり、当人の手が画面の下に映っていたりすること。アダルト業界のハメ撮りと類似しているがこちらはれっきとしたハイテクニックのカメラ技術なのだ。)が頻繁に出てくるのだ。この映像マジックを多用するのが、まさに『デ・パルマカット』と呼ばれる所以であり、その手法は彼以外は決して足を踏み入れない領域なのだ。他にもアングルが違うカメラが同時に同じ対象物を捉えてその様子を画面を半分ずつに分けて見せる2画面構成などもあるが、いずれにせよ、彼の映像遊びは大作にもへたなエンターテイメント映画にも似つかわしくなく、ことごとく、ミステリー映画の演出に向いているのだ。今回、この映画を観て一番嬉しかったのは彼が使ういつもの手法が似合う話を彼自身が書いた事(脚本も担当したこと)で、「これで俺の好きな様にさせてくれ」と彼がほくそ笑む姿が想像出来るのだ。
さて、上のチラシでも堂々と描かれている『ショパール』のビスチェについて触れてみよう。『ショパール』は実在するスイスの老舗ブランドで映画に出てくるビスチェ(まるでアルフォンス・ミュシャがサラ・ベルナールに贈った蛇のブレスレットそっくり)はパンフレットによると、510個・385カラットのダイヤが散りばめられた本物の純金製ビスチェなのである。先日、史上初の試みで東京の宝塚劇場で試写会を行った際にこの映画に使用したビスチェのファッションショーのおまけがあったそうだが、このビスチェはまさに官能のフレグランスそのものである。ヨーロッパの文化がどれだけオープンなのか分からないが、ショパールのビスチェを纏うスーパーモデル(リエ・ラスムッセン)は、果たしてこの斬新なブラで隠すべき所を隠さず堂々とレッドカーペットを歩いているのだ。これこそまさに『殺しのドレス』でデ・パルマが確立したエロスの究極の手法である。しかしその水面下ではこの1000万ドル級のビスチェを冷静に見つめる強盗団がいる。その色気とシリアスの対比が更に映画的美を助長している。このシーンを観るだけでもう1300円の価値ありと見た。
特筆すべきは 、とにかく脚本の出来が本当に良い事。1時間55分も全然その長さを感じさせない無駄の無い映画。映画とはまさにこうあるべき、ある意味でエンターテイメント性に有り溢れている。ただし、これ以上中身には触れないつもりだ。とにかく、観に行って検証してほしい。なお、この映画はアメリカ映画と言う事になっているが、どこまでもフランス映画のテイストが濃い。余談だが、デ・パルマにしては珍しくシネスコサイズでは無くヴィスタサイズを採用している。また、主演のレベッカ・ローミン=ステイモス(X-メンのミスティーク役)とお馴染みアントニオ・バンデラス(この人は今や『スパイキッズ』のパパ役しかイメージが湧かないが…笑)と『E.T.』のピーター・コヨーテ(懐かしい!)や『TAXI』シリーズの刑事役で有名なフランスの俳優、エドュアルド・モントートなど多彩な顔ぶれが脇を固めていてなかなか面白い。
くせ のある映画だが絶対的な面白さと映画的な美を両立させた傑作ミステリーだと言う事で今回の期待は裏切られなかったのが嬉しい限りである。

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