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ハリ・ポッターとアズカバンの囚人 Harry Potter and the Prisoner of Azkaban  米国 2004 141分 
Cinema Scope Size 評価☆☆☆☆☆

2004年6月27日執筆

  世界中で最も売れ、最も期待されているファンタジー・シリーズの第三弾である。自分も原作を愛読するファンであり、過去二作品共、原作の世界観を壊さずに見事なファンタジー映画として確立させた製作者に感銘を受ける訳だが、シリーズ最高と謳われた【アズカバンの囚人】の映画化に関しては、その出来のいかんによっては、手放しで歓迎しないかもしれないと言う一抹の不安もあった。
 
  その事情を語る上で、このシリーズが如何に原作を読む自分に影響力を与えたかを説明しなければならないだろう。話は【賢者の石】が公開された2001年に遡る。それまで、全く知らなかった原作が映画化と共にブームにまでなり、興味本位で読み始めた原作だったが、映画鑑賞後に読んだおかげか、その後、小説を読む度に頭の中に描かれるキャラクターのイメージは、ダニエル・ラドクリフのハリー・ポッターやエマ・ワトソンのハーマイオニー・グレンジャーが活躍していたのだ。
 
  もちろん、子供向けの本なので読みやすい事この上無い。同時期にブームになった【指環物語】は、学者の書いた大人向けファンタジーだったので、物語と言うよりは研究書物のような印象があり、じっくりと構えないと読めないので途中で挫折してしまった。その点、ハリー・ポッターはまるで推理小説のようにスラスラと読めてしまうので、当時発売されていた【秘密の部屋】と【アズカバンの囚人】まで一気に読んでしまったのだ。現在は【炎のゴブレット】まで発売されたこのシリーズだが、いずれに於いても映画の俳優や世界観がそのまま頭の中で繰り広げられるので、さすがに原作を壊さず丁寧な作りをしたクリス・コロンバスに感心するばかりだった。しかしだからこそ、【アズカバン…】を映画化するにあたってはこれまでの通りクリス・コロンバスが監督するのに些か抵抗感があった。

 【賢者の石】が興行的にも大成功を収めた時、スピルバーグが作品を大絶賛しながら、「【アズカバンの囚人】は是非とも自分が監督したい!」と言うコメントを出していたのを雑誌で読んだ憶えがある。もし、これが実現していたらスピルバーグはとことん怖いファンタジーとして作品の色調を全く変えたに違いない。【賢者の石】と【秘密の部屋】でクリス・コロンバスがもう一歩踏み込めなかった領域が、実は『お子さまチックな作品作り』と言う呪縛からの脱出だったのだ。
 公開から2年過ぎて【秘密の部屋】を再評価すると、それは【賢者の石】よりも更に子供向け映画に突き進んでいるような印象を受けた。これは決して批判的な意味では無いが、この調子で【アズカバンの囚人】を撮られては困る。なにせ、この第三作には恐ろしいキャラクターが多数登場し、より一層ダークな世界観を繰り広げられているからだ。その点、スピルバーグなら、絶対に子供に媚びた映画を作る事がない。作品中に登場するディメンター(吸魂鬼)も人狼も死神犬も読者の持つイメージと合致するものを見せてくれるに違いないと確信を持った。
 
  結局クリス・コロンバスは、【アズカバン…】では製作にまわり、メキシコ出身のアルフォンソ・キャアロン監督(【天国の口、終わりの楽園】【リトル・プリンセス】【大いなる遺産】)が、不安をかき消すかのように、原作通りの世界観を作品に表現したので、逆に驚かされた。監督が変わるとこれほどまでに変わるのか?!と思う程にテイストが変わっている。しかし、それでこそ【アズカバンの囚人】たる世界に、より忠実に再現していると言えるであろう。英語でスプーキー(spooky)と言うおどろおどろしい雰囲気は、もはや子供映画の類いではない。ホグワーツ校は常に闇と厚い雲に覆われ、雨や雪がしきり降り続けている。その周りを浮遊する亡霊のようなディメンター(吸魂鬼)達、楽しい筈のクイディッチの試合でさえも、嵐の中の戦いである。そして、ホグワーツ校でさえ、前作では見られなかった時計塔や渡り廊下の作り込みが無気味な洋館に見えてくる。
 
  【アズカバン…】でメガホンを取ったアルフォンソ監督が、この暗いトーンで作品を統一させた上に、更に注目すべき部分がカメラワークである。幾何学的な俯瞰ショットや、クレーンショット。クローズアップよりも、シネマスコープの中で意図的に奥行きを感じさせるように配置した人物ショットなど、例を挙げるときりがない程、印象的な場面が多い。特に、闇の魔術に対する防衛術の授業のシーンで、鏡を多用したカットは、彼のセンスの素晴らしさを代表する場面と言えるだろう。ハリー・ポッターの冒険にかかせない小道具の表現方法も、クリス・コロンバス監督と違って面白い。隠れマントを被ったポッターの主観ショットなどがその例である。
 
  更に、キャスティングに関しても素晴らしいのである。世間的には、悪役を演じると右に出る者がいないと言われているゲーリー・オールドマンの起用が話題となっているが、本当に注目すべき人物は、ルーピン先生役を演じたデイビッド・シューリスなのだ。彼が演じるルーピン先生はまさに原作のまんま、優しくて機智に富む人物の反面、謎を秘めた表情などデビッド・シューリスの演じる目が、まさに自分がずっとイメージしていた人物像と合致したのである。それは、【賢者の石】でダーズリー家の人々が、あまりにも原作通りだった事に匹敵する。更に、エマ・トンプソンの演じた占い学のトレローニー先生である。ゲーリー・オールドマンもそうだが、彼女が演じる役はすっかりエマ・トンプソンその人自身を消し去っている。眼鏡のせいもあるが、彼女の顔に全然見えないのだ。そして、彼女の怪演により、作品の中で彼女の演じるトレローニー先生が、物語のキーパーソンである事が、より一層観客に印象付けられるのだ。他にも、脇役で注目すべき点は多々有る。ナイトバスのニキビだらけの車掌や運転手、ダーズリーの妹、マージ伯母さんなどなど(ダーズリー家の役を演じる人たちは体型を保たなければならないので本当に体を張った演技だと感心もするが)。
 
  そして、もちろん主要三人キャラクターも演じる子役達の成長振りもシリーズの楽しみの一つである。今作では、三人ともに、前作以上の活躍をするので(【秘密の部屋】が【賢者の石】に比べて消化不良と言われる要因がここにもある。)安心して観ることが出来る。特に、ハーマイオニーが、今回のストーリーで一番重要な役所なのだが、大人ぶった子供から、大人っぽいティーンに変化したエマ・ワトソンの絶妙な演技を堪能出来るのだ。
 
  総評としては、シリーズ最高作と言えるだろう。ここで改めて三部作を振り返ると、【アズカバン…】【賢者の石】【秘密の部屋】の順番で作品の出来を評価してみた。これは、愛読者共通の批評ではないかと思うが、それでは、一般観客層にはどうだろう?実は、【アズカバン…】の上映時間は、【賢者…】152分【秘密の部屋】161分に対して、141分とシリーズ最短なのである。前二作品とも、原作からカット出来ない場面との葛藤の結果、子供向けにしては長尺の作品に仕上がったが(これは一重に【ロード・オブ・ザ・リング】シリーズが長尺スタンダードを作った事にも起因するが)、一般的に認知され、長尺であっても興行成績が陰る要因とはならなくなった。しかし、アルフォンソ監督は、あえてファンタジー映画の上映時間の限界という原点に帰り(これはジョージ・ルーカス監督の提唱している2時間20分以内で、作品をまとめる)、本来なら3時間に成り得ないストーリーを、巧妙に要約・省略することで子供が本当に耐えられる長さに仕上げられたのに感服する。ただし、この点に関しては読者ファンと一般観客のどちらにも、もっとこの世界観に浸りたいと思う人がいるのも事実なので、人それぞれ感想は変わるかもしれない。もっとも原作を読んでいると、やれあのシーンが入っているだのいないだのと、未読の人と違った感想があがってしまうものなのだが。
 
  最後に、この作品を観るにあたって一般的に知られていないのだがアイマックスという70mmの大きなフィルムで上映している映画館での鑑賞を強くお薦めする。もともと35mmのフィルムを70mmに拡大したのだが、独自の技術により絶対的な画質の鮮明度を保証するアイマックスは、例え同じ大きさのスクリーンサイズで比較しても(ヴァージンシネマズ・六本木ヒルズのシアター7のサイズが相当する。)、その印象は明らかに違っている。6月29日現在、東京では品川プリンスホテル内にある、アイマックスシアターにて、吹き替え版と字幕版を交互に上映しているのが、世間的に知られていないこともあって、初日でもガラガラであった。しかし、この映画館で観ると【ハリー・ポッター】の持つ独特の世界を体感する事ができるのだ。今までに、劇場公開用でアイマックス向けにフォーマットを変えた作品は少なく、近年では【マトリックス・リローデット&レボリューションズ】【イノセンス】とディズニーのアニメ作品くらいだったが、これからは作品が増えるようである。【アズカバン…】以降では【キャットウーマン】が控えているのでこれもまた、楽しみのひとつである。
 
  それでは、どの位アイマックスで観る【アズカバン…】が凄かったのか?ちょっとだけネタばれすると、オープニングでワーナー映画のロゴが立体のオブジェとなって画面にアップで迫ってくるのだが、それが本当に自分にぶつかってくる勢いなのだ。そう、これぞまさに体感である。だから、アイマックスで上映する【アズカバン…】には、副題としてエクスペリエンス(The Experience)体験!と付いているのだ。
 
  もし、公開期間に興味が有るのなら是非この映画館に足を運んでみるべし。そして劇場内では最後列を筆頭に、数えて5列目までがベストポジションだと進言しておこう。ちなみに、料金は2000円と高めの設定になっている。全国共通鑑賞券は使用出来るが、200円を追加料金がかかる。劇場は予約制・指定席などはないので、上映前に自由席をチケットブースで購入してから並んで待つのが良いだろう。少し高くて贅沢な映画をお試しあれ!

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