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バーバー The man who wasn't there 米国 2001 116分 VISTA SIZE 評価☆☆☆☆☆

2004年6月24日執筆

 コーエン兄弟の作品の特徴は?と言えばブラック・コメディであること。それから、地域色を必要以上に強調させて、登場人物はいたって平凡な市民である場合が多い。

  しかし、そんな登場人物達の歯車が、わずかな出来事によってとんでもない方向に狂ってしまうのだ。【ファーゴ】の女性警察官や【バートン・フィンク】のシナリオ・ライター、さらには【レディ・キラーズ】の自称天才大泥棒に至るまで、彼等は自分達の予想しない結末に向う事の成り行きを、全く制御出来なくなってゆく。コーエン兄弟はそんな、ある意味不幸への階段を登ってしまった人物達の模様を、残酷なまでに冷淡かつ笑いの対象として、観客へのもとなしとして提供し、楽しませてくれるのだ。

  そんなシニカルな、彼等の作品に無くては成らないものは、二つあるだろう。まずは、良質な脚本である。【ファーゴ】でもそうだが、【オー・ブラザー】でも、登場人物のセリフに無駄が一切感じられない。注目する点として、とにかく人物をしゃべらせるだけしゃべらせ、隙間を埋め尽くす方法、映画に無駄な瞬間をなくしてしまう、ある意味押しの強い脚本で映画を面白く仕上げるタランティーノ監督作品と、全く正反対のスタンスで、セリフは少なくて、テンポもゆったりとしながらも、一言も重みや状況設定を濃くすることで決して冗長に感じさせないストーリーで勝負するのが、コーエン兄弟の書く脚本の特徴ではないだろうか?

 
  そうなると、より重要視されるのが、俳優の演技そのものに、かなりの負担が懸かってくると言う事である。生半可な演技や表情作りでは、コーエン兄弟が言葉の奥に秘めたブラック的なエッセンスを観客に伝える事など決して出来ない。だからこそ、彼等の作品には常連の俳優が存在する。ジョン・タトゥーロやフランシス・マクドーマンドがその代表格であろう。

  そして、そう言った常連俳優と上手くやっていく演技派俳優が、各作品の中でカリスマ的オーラを放ちながら伸び伸びと演じている。それは、時には大物スターであったり、性格俳優であったりと、決して方向性はないのだが、間違いなく言えるのは、アカデミー賞受賞、またはノミネート間違い無しの演技を惜しみなく披露している事だ。そして、作品の好き嫌いは彼等の演技の度合いによって観客が選ぶものと、コーエン兄弟は完全に理解しているのが驚きだ。

  さて、この作品では良質な脚本と、コントラストを生かした絶妙に計算されたカメラアングルが切れの良い編集が目に付くが、それらの要素を更に引き立てているのが、一重にビリー・ボブ・ソーントン(以下ビリー)の演技だと断言しても良いだろう。元来、彼はその堂々たる演技力により、出演する作品毎に、全く違う印象を観客に植え付けることの出来る一種の天才なのだが、この作品の主人公の特徴をセリフではなく表情のみで完璧に伝えているのに身震いさえ憶えてしまう程である。

 主人公が無口な部分を補足する形で、ビリーのモノローグが心理状況を説明するのだが、彼の表情はしょっぱい顔のままである。たばこを燻らせながら、その煙にむせるかの様な表情の奥に見え隠れるする主人公の心理は、決して暴力には訴えないが、何事にも動じない、やもすれば人非人な人柄を、観客に強く印象づけている。しかし彼のおし黙る人柄は、結局彼の周りを不幸にし、結果的には、彼自身にまで厄が回って来てしまう。しかし、最後の最後まで、自分の損な性格で身を滅ぼしたと思わせない表情の無変化に返って恐怖を煽っているような気持ちになる。

  この作品は、決して明るい結末には向かわないので、観るシチュエーションによっては観客に愛されもするが、毛嫌いされる要素も十分備えている。しかし、数有るコーエン兄弟の作品の中でも、一番出来の良い作品である事には間違いがない。 現在、DVDではセピアトーンのカラー版と、劇場公開版であった白黒版と二種類のバージョンが観られる。ストーリーそのものに違いは無いが、印象が多少変わってくる。自分は劇場公開版(オリジナル版)よりは、カラー版の方をお勧めするが、白黒画面に中で観るビリーのゆったりした演技は、コントラストが強い事もあって、彫りの深い顔と白い煙がマッチしていてより一層楽しめるかもしれない。多少、白黒になった事でバイオレンス的な描写も和らげられているのも事実だ。

 また、全編に流れるベートーヴェンの熱情ソナタの2楽章が、皮肉にもこの不幸な物語にぴったりハマっている。そのピアノを劇中で演奏しているのが、後に【ロスト・イン・トランスレーション】で大スターになる、スカーレット・ヨハンソンである。まだまだ幼いながらもしっかりとした演技に好感を憶えるが、彼女は物語の後半で想像を超える行動に走る。そのギャップを楽しんでしまう事こそまさに、コーエン兄弟作品の楽しみ方のひとつなのかもしれない*

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