Volume2-Chapter.2
お約束のネタばれコラムである。もちろん絶賛批評だから、良い事ばかりを載せている(笑)。前回『Vol.1』のコラムを書くにあたって、劇場での鑑賞回数が3回だったのに対して、『vol.2』では既に4回である。それほど、『vol.2』にハマってしまった。更に、このコラムでは、読者をもう一度劇場に行かせるための魅惑の情報をてんこ盛りにしていく予定なのでお楽しみに(笑)ではまず、オープニングから…
後篇にあたる『vol.2』は白黒映像が15分程続く。エル・パソでの惨殺事件を振り返るシーンはチャプター全てが白黒で処理されている。しかも、必要以上にコントラストを高めてディティールが見えない程明るい映像なのである。取り敢えず、教会での描写は後に語るとして、GAGA-HUMAXのオープニングタイトル(日本で付けたもの)も本編に併せて白黒処理されているのに気が付く。広告展開ではショッキングピンクの『キルビルvol.2』の文字も白黒である。本編のテイストを崩さない様にしたその配慮は感心するものがある。さて、オープニングに流れた曲は、エンニオ・モリコーネ作曲の『さすらいのガンマン』(主演バート・レイノルズ)からの引用である。いかにもマカロニウェスタンらしい曲だが、今回はエンニオ・モリコーネの曲は至る所で使われている。残念ながら、モリコーネがこの映画に提供したオリジナルは無いが、その代わりに、タランティーノの盟友である、ロドリゲス監督が提供した曲が至る所で流れる。これらのオリジナル・スコアがサントラ盤には収録されなかったのは残念である。
まず、『Vol.1』と同じ教会でビルに頭を撃たれるシーンから始まり、その直後何故かオープンカー(フォルクスワーゲン社のカルマンギア)に乗り「死んだと思った?でも違うわよ!」とカメラ目線で自信たっぷりに語るユマのモノローグのバックに『さすらいのガンマン』の曲が流れるだが、ここで注目すべき事はVOL.2』とだけ書かれたタイトルが出てくるタイミングでは同曲のココが(←クリックすべし!)使われ、盛り上がりも最高潮に達する事と、このユマのモノローグのシーンは、実はバドもエルも片付けた(どう料理したかは後ほど…)後の、彼女が単身メキシコに向かうくだりであるという点だ。しかもこの続きが、つまりオープニングクレジットタイトルシーンは、本編の最後に出てくる事になる。要は、サントラの2曲目になるシバリーの『グッドナイト・ムーン』でエンディングのように流れる(パンフレットにはエンディングと記載)このシーンは実はオープニングタイトルだったと言うのがタランティーノ独特の遊びらしいのだ。


キル・ビル Kill Bill vol.2
2004年作品 MIRAMAX シネマスコープ 137分
製作 ローレンス・ベンダー
監督 クエンティン・タランティーノ
出演 ユマ・サーマン ダリル・ハンナ デヴィッド・キャラダイン マイケル・マドセン サミュエル・L・ジャクソン ect.

さて、ここまででお気付きと思うが、今回の絶賛批評は前回よりも更に音楽との結びつきを中心に書いてゆく予定である。また、パンフレット以上に出来るだけ多くの情報を掲載するつもりなので(テーマはリピーターを作る事…笑)多分、今回も長い掲載になるのをご了承願いたい。なお、『キル・ビルVol.2』は5月10日現在の情報では21日まで上映中なので(それ以降は未定)どうかもう一度その面白さを確かめて頂きたいのである。観れば観る程味の出る『キル・ビル』ワールドにようこそ!
閑話旧題、タランティーノが昔のピッチコック劇場のような雰囲気(だから白黒映像なのか?!)を意識したオープニングの後に、エル・パソの教会で起きた惨殺事件の話が始まるのだが、ここでまたタランティーノは観客驚かせる事となる。つまり、事件は結婚式の最中に起きたのでは無く、そのリハーサルだったと言うのだ。結婚式のリハーサルは教会で挙げる場合は必ず行われるのだが(ちなみに日本では結婚式当日、しかも本番直前に)面白いのは新郎・新婦共々正装している点で、よく見ると参加する友人はみなラフなTシャツだったりする。このシーンでの出演者は新郎・新婦と友人数名に加え、牧師夫妻と怪しげなオルガン奏者である。このオルガン奏者はシルエットしか映らないので顔が分かりにくいが、タランティーノ作品の常連であるサミュエル・L・ジャクソンが演じている。彼は地元一番のオルガンプレイヤーで、沢山の有名なバンドのツアーに参加していたらしい。オルガンプレーヤーだが、タバコをふかしているだけで、全然オルガンを弾くシーンは無い所もおかしいと言えばおかしい。これぞまさにカメオ出演というのだろう(笑)。牧師を演じたボー・スベンソンと言う俳優は、今ではすっかり歳老いたが、昔は『復活の日』で、草刈正雄と一緒に主役を張っていた事で日本にはお馴染みの俳優である。この『復活の日』は深作欣二監督作品だが、彼の起用で、なんとなくタランティーノと深作監督の関係にもリンクしているような気がするのは考え過ぎか…
お腹の大きいブライドが打ち合わせに疲れて、教会の外に出る所で怪しい笛の音が聞こえてくる。その音を聴いた時のブライドの顔に注目!驚きと不安の中に安堵の表情が垣間見えるのだ。ビルから逃れ殺し屋軍団から足を洗ったブライドは、言うなれば抜け忍という定を背負っているのだが、結局見付かってしまったという気持ちと、彼女が本当に愛した男に再び逢える喜びが彼女の複雑な心境を物語っているのだ。「どうやって見つけたの?」と聞くブライドに「男ならするさ」(意訳)とクールに応えるビル。『vol.1』でも同じシーンがあるが、その時は声のみでビルの姿は映されない。ここで初めてビルが登場する。「やあ、キドー」ビルは挨拶する。『キドー』英語ではKIDDOと書くが、これが彼女の名前である。実はこの呼び名は『Vol.1』のオープニングでも消されていない。冒頭のビルのセリフ「俺はサドか?」「いや、違うぞキドー」こんな感じである。字幕にはこのキドーの部分が出てこなかったので気が付かなかった人も多い事だろう。それもあってか同じセリフが『vol.2』の冒頭でも登場するが、今回は『キドー』と言う名前も字幕に現れた。この『キドー』だが、どうも名字のようだが本名かどうかは不明である。日本ではキッドと言う方が馴染みがあるがキドーもキッドと同じく『ぼうや』とか」『おじょうちゃん』と言った意味を含む呼び名だからだ。では、『キドー』はオーレン石井やヴァニータが口にした名前かと言うとそうではない。後に語る事になる『ベアトリックス』こそ、タランティーノが気まぐれで消した名前なのだ。何故気まぐれかと言うと、『vol.1』にその名前が登場するシーンがちゃんとあるからだ。それは、ブライドがエアー沖縄のカウンターでチケットを購入するシーンで、一瞬映る航空券にしっかりと名前が記載してあるからなのだ。このチケットは都合二回登場するがどちらもしっかり"KIDDO, BEATRIX"とある。それはDVDで確認する事が出来るので参考までに…
 
 
 
 
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